ひきこもりマルチリンガルw

低レベル日中英マルチリンガルw ( 育児ブログ反省・カナリア・モルモット・TV・アプリ )

母を憎む兄・唯一の存在・生まれた順番の本

「花子とアン」第21週、兄弟姉妹と親との関係について考えさせられましたわ。
史実の村岡花子さんは第一子なのに、朝ドラでは、兄の吉太郎が登場し
明治時代なのに長男が軽視されるという奇妙な設定になっておりましたが、
第一子は、親にとって、良くも悪くも特別な存在だと思います…。
本日は、
母を憎む統合失調症の兄、おそらく発達障害があり
生きにくかった兄に対する私の自責の念と償いの育児、
唯一の存在になりたい子どもたちの兄弟喧嘩、そして
「相性が悪い!」「生まれる順番の神秘 シュタイナー教育入門」について…
以上、ブログが長いので要約申し上げました(爆)。

*2004年2月4日*

【 母を憎む兄 】

以前日記にも書いたが、私が17歳の時に亡くなった母は
私にとって最愛の人だ。
故人だから、こう言えるのかもしれないが...。
 
しかし、同じ女性を母とする兄は、母を憎んでいた。
 
母が兄を憎んでいたとは思えない。
(兄が本当に母を憎んでいたとも私には思えない。)
だが、この二人は、とにかく仲が悪かった。
記憶にある限り喧嘩が絶えなかった。
母が亡くなった時、兄は葬式にも帰って来なかった。
それでも、母の死後(それも十何年もたった後に)
兄の口から母への憎しみを聞いた時、私は驚愕した。
 
兄は、母も兄を憎んでいた、と断言する。
既に親になっていた私は
「そんなはずないよ。子供を憎む親なんていないよ。」と言った。
兄は、ちょっと考えて答えた。
「そうかもしれない。お前が生まれるまでは可愛いがってくれたと思う。」
兄は続けた。
私が生まれてから、母は私だけを愛していた...
母にとって兄は邪魔な存在だった....と。
 

 【 統合失調症の兄には発達障害があった? 】

兄は、統合失調症という心の病で入院している。
もう二十年以上になる。
 
子供時代は、おそらく、今は随分認識の高まってきた
「発達障害」の影響を受けていたかもしれない。
父によると、学校から何回か、
専門医に見せてはどうかと助言されていたのだが
母は断固として拒否していたらしい。
 
兄は確かに、少し変わっていた。
歴史の年号や人名、図画等に対する記憶力は非常に良いのに
学校の勉強は全くできず、活動的でもなかった。
また、子供の頃は、近所のおさななじみと仲良くしていたのだが
学校では、友達と、うまく関われず、いじめられる事もあった。
私とは5歳近く違うので子供時代の兄の記憶は殆ど無い。
全て、父が語った事だ。
 
父によると、兄は、5歳まで、明るく活発で頭も良い子だったらしい。
それが、二階に干してあった布団とじゃれて
庭に墜落してから(無傷だった)頭がおかしくなった...と
父は信じていた。
 
5歳。
そうか...私が生まれた頃か....。
 

【 兄と比較された小学校時代 】

私が兄と同じ小学校に入学してからは
しょっちゅう先生や上級生から比較された。
実は、近所の人による比較は、その以前からあった。
兄は、大人しく、目が大きく睫毛が長いという
ちょっと女の子の様な可愛い顔をしていた。
反対に、私は、暴れん坊で、常に反抗期で
育てにくい幼児であっただけでなく
協調性も無く、幼稚園を中退するはめになっていた。
その為、周囲の私達兄妹に対する評価は、常に
 
「男と女が逆だったら良かったね。」
 
今だったら、こんなセリフ、心の中で思ったとしても
親でも口に出さないんじゃないかと思うのだが、
当時は、学校の先生でもそんな事を言う
そういう時代だったのだ....。
 

【 兄に対する自責の念を長男で償う 】

私は大きくなるにつれ兄を疎ましく思う様になった。
母と兄だけでなく兄と私も仲が悪かった。
喧嘩ばかりしていたのだが
細かい事はあまり覚えていない。
 
ただ、兄に関して二つ記憶に残っている事がある。
 
一つは
まだ兄が小学生で
私が幼稚園の頃(か幼稚園中退後)。
兄は機関銃のオモチャを
私は、人形かぬいぐるみか何かをおくられたのだが
武器系のオモチャが大好きだった私は
怒ってゴネて大喧嘩になり、最終的に
兄の機関銃を叩き壊し、
兄の背中を歯形がくっきりつくくらい噛んだのだった。
 
兄が大泣きしたのを覚えている。
母に怒られたかどうかは、全く記憶に無い。
だが、兄を思う度に、この事を思い出し
自責の念にかられる。
二人の子の親になった今、
長男が、次男の無条理な大ゴネに泣かされると
まるで、その時の償いの様に
長男を抱きしめ慰めている自分がいる。
 

【 兄のイジメっ子を追い払う 】

もう一つは
おそらく兄が中学生くらいの頃。
当時、友達の少なかった兄にも親友ができ
(兄と似たタイプの大人しい子で趣味の話で盛り上がっていた)
母も私も喜んでいたのが記憶に残っているのだが
同時に、まだ、イジメっ子にもちょっかいを出されていた。
ただ、それほど、陰湿なイジメという訳ではなく
どちらかと言えば、ドラエモンのジャイアンと
のび太みたいな感じであったらしい。
 
ある日、その、家でも時々名前が出るイジメっ子が
家に、兄を、呼びに来た。
今考えてみると、たんに遊びに誘いに来たのかもしれない。
だが、当時、まだ血の気の多い小学校低学年だった私は
「(ばかやろー、また、お兄ちゃんをイジメに来たな)」
という、おそらく兄をかばう妹の気持ちもあったんだろうが、むしろ
「(てめー、うちの家族をなめるんじゃねぇ)」
という、縄張りを荒された憤りで爆発し
 
「とっとと帰れ~っ、この短足っ。」
 
とかなんとか言いながら、そのジャイアンに
二階の窓からゴミ箱のゴミをぶっかけた。
(注:生ゴミではありません。たぶん、クズ紙など...)
 
そして、相手は
「なんだ、この男女(おとこおんな)、ブス~っ」
とかなんとか捨てゼリフを残しながら立ち去った。
 
実は、セリフ自体は覚えていないのだが
当時、男の子と女の子が喧嘩になった場合
「短足」「ブス」というのは決まり文句だったので
こんな感じだっただろうと思う。
 
この後、兄と、そのイジメっ子の関係が悪化したかどうかは
全く記憶に残っていない。
が、その子が家に来る事は二度と無かった。
また、この件で、感謝された記憶も、怒られた記憶も、全く無い。
ただ、この事件は、周囲の
「男と女が逆だったらよかった」感を強めたのは確かだ。
 

【 兄から見た私・母への怒り 】

一方
兄の私に関する記憶というのは
「赤ちゃんの頃は可愛かった」につきるだろう…。
確かに、乳児時代の私と仲良く遊ぶ兄の写真は、
当時、家にもたくさん残っていた。
兄は、私が生まれた時、とても喜んでいたらしい。
 
今は、「妹がいてよかったと思っている」と言ってくれる。
でも、ひょっとしたら、毎日、薬で押さえている状態なので
何とか、おだやかな言葉が出せるのかもしれない。
他方、母については
理解しようとはしているが、怒りを消化できていない様だ。
 
もともと、兄の母に対する怒りと
私に対する怒りとは比べものにならない。
私は、単なる、要因のひとつに過ぎない。
兄が欲していたのは私の愛では無く、母の愛だ。
私は対象外なのだ。
そして、生きている私と違い
既に他界した母への感情は、どう持っていったらいいのだろう。
 

【 母は「アダルトチルドレンの母」だったのか?】

母の私と兄に対する育児が公平であったかどうか
私にはわからない。
母の育児自身は、あまり記憶に残っていない。
覚えているのは私の母に対する愛情と
母の私を心配したり可愛がったりしている表情だ。
 
以前、アダルトチルドレンという本を読んだ事があるが
どちらかと言えば、私の母は、
そのアダルトチルドレンの母の様なタイプだったと思う。
だが、私は、全く、アダルトチャイルドではない。
 
もしかしたら、母は、
何がなんでも結局自分の思い通りにしてしまう私の性格を理解して
全て諦めて、その事で、少しリラックスして
のんびり私を育てられたのかもしれない。
自分で、こんな事を言うのもなんだが(もう大昔の事だから言うが)
小学校高学年以降の私は、万事に要領が良く、学校での成績も良く
明るく自信に満ち、常に母への愛を表明する子供だった。
 
兄の育児で挫折感を味わっていたかもしれない母にとって
問題児だった幼児時代を超越した後の私は
ある意味、「救い」だったかもしれない。
それでも、母が兄を憎んでいたはずはない。
母は、兄も愛していた.....と、私は信じている。
 
じゃぁ、兄と私を同じくらい愛していたのか?
との疑問には答えられない。
兄をより愛していたのではないかとも思う。
だが、そんな事より何より、親の子供達に対する愛は
同じくらい、なんて、言葉で表現できるものじゃないのだ。
比較なんてできないのだ。
 
子への感情は親によって違うと思うから断言できない。
だから、これは、私個人が子供に持つ感情だ。
 
私は、息子達二人を100%愛している。
二人への愛は比較できない。
二人とも、それぞれ100%愛しているのだ。
私と長男、私と次男の関係は
それぞれが全く独立した
比較の対象には成りようがない存在なのだ。
 

【 公平ではなく唯一を求める子ども 】

でも、
一人一人の子供は
母にとっての一番になりたいと望んでいるんじゃないだろうか。
私も、そうだった。
私も、母にとっての「一番」になりたかった。
母の「唯一」にはなれないのが明白だったから
せめて「一番」になりたかったのだ。
そんな思いから、母と兄が大喧嘩をした後に
見せ付ける様に要領良く母に甘える、
という、かなりせこい行為もした.....。
 
そして、そんな過去の罪悪感に対する
償いを、今、私は、
長男と次男の育児を通してしているのではないかと
常々感じている。
 
だから、次男ジローが生まれた後、長男タローが
「ママ、ターくんとジローとどっちが好きなの?」
と聞き始めた時、私は、こう答えていた。
 
「ターくんはママの世界で一番大切な宝物だよ。
ジローは、ターくんの為に生んだんだよ。
だから、ジローは、ターくんとママの宝物なんだよ。」
 
それでも、しつこく「どっち?」と聞かれた時は
「もちろん、ターくんだよ。でも、ジローには内緒ね。」
と答えてしまった。
 
この回答の是非はわからない。
でも、「同じくらい」と言いたくなかったのだ。
 
長男と次男が喧嘩をする度に
兄が報われなかったと信じている兄の母への愛を思い
同時に、母への愛を独占したかった自分の姿を次男に見出し
辛い気持になる。
喧嘩両成敗と、どっちも怒って
二人を互い互いに抱きしめ
一体どうするのが一番いいのかと悩む。
とにかく、二人に、
二人とも愛しているんだと伝えるので精一杯だ。
 

【 兄弟の争いは続く…(涙) 】

次男は、もうじき5歳。
この子は、まだ
「ママ、ターくんとジローちゃんと、どっちが好き?」
と聞いた事は無い。
 
だが、喧嘩の際、長男が泣きながら言い放った事がある。
「ママ、ジローに言ってよっ!!どっちが一番好きなのか、言ってよっ!!」
 
一瞬詰った後、こう答えた。
 
「あのね、手のひらと甲と、どっちか選べって言われたらどうする?
一番とかじゃないの、どっちも宝物なの。」
 
だが、長男は、しばらく考えた後、言った。
 
「ぼく、手のひらにする。」
 
すると次男は
「だめ~っ、ジローが、そっちなの~っ」
掌も甲もわかっていないのに主張し
二人は、また、喧嘩を続けたのであった.....。
 
 
公平じゃなくて
それぞれが唯一な関係
子供達に、うまく伝える事ができるんだろうか?
 
 

*2014年8月23日*

【 「相性が悪い!」島田裕巳 (新潮新書) 】

一年以上前に、家族の中の順位によって
社会、職場などでの相性や、家族の中での力関係が
影響を受けるという、この本を読んだのですが
相性が悪い!

相性が悪い!

  • 島田裕巳
  • 参考図書
  • ¥650
これが、我が家的には、まったく的中…
なにしろ、
我が家は、夫ウザヲ、わたくし、ジロー3人
長男タロー以外は全員、末っ子…
そして、3人が、無意識のうちに、
第一子であるタローを精神的な頼りにしていることに
気づいたのでございます。
 
いえ、実際には、タロー、別に、経済的・労働力的には
なんの頼りにもなっていないんでございますが(爆)
なんというのか、我が家で一番、現実的と申しますか
夢が無い(爆)と申しますか、地に足がついておりますのよ…。
 
それで、長男が大学に入り家を出たあと
我が家は、どうなるんだろうと心配だったのですが
思ったよりフツーにいっておりますわ…
ある意味、
モルモットが5匹、共存している感じかしら…(爆)
 

 【「子どもが生まれる順番の神秘  シュタイナー教育入門」】

今は、惜しくも絶版になってしまったようですが、
このシュタイナー教育者カール・ケーニッヒによる兄弟姉妹の本

「子どもが生まれる順番の神秘―シュタイナー教育入門」

は、生まれた順番(第一子から第三子まで、第四子からは第一子に戻る)
と、男女の組み合わせにより、詳しく解説してあり
(三人姉妹は長女が女王で妹は侍女、兄妹の妹は永遠の妹キャラなど)
とにかく面白く、電子書籍化を強く望んでおります。
古書店や図書館で見かけたら、ぜひ!!
子どもが生まれる順番の神秘―シュタイナー教育入門
英語版のタイトルは
「Brothers And Sisters」Karl Koenig
こちらは、まだ、Amazonなどで在庫があるようです。
 
f:id:Zetta:20140823224512j:plain
兄のオモチャを壊したことへの自責の念は
今でも、まったく衰えておりません。
 
 
 
長い駄文を、ご読了ありがとうございました!
宜しければ、1ポチ↓お願い申し上げます〜
 

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ゼッタ ( Zetta ) の
「ひきこもりマルチリンガルw」
どうか、明日も、ご来訪くださいまし〜〜
明日は、もっと短くいたします!!
 
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